気が散る前に。

持続力って、どこで売ってますか?

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盤前のピッチャー

 
※これは島研トークショー連載の第6回目です。
先行記事は目次にまとめてあります(文中敬称略)。



<6>
将棋は考えるゲームだ。
「考えようと思えばいつでも考えられて、盤と駒がなくとも、道を歩いてたって考えられる――」そう言ったのは羽生だったか佐藤だったか島だったか?もはや私は覚えていない。誰かがそう言ったとしか、覚えていないのだ。

忘れてしまったのも当然で、あの島研トークショーから、すでに3カ月が経っていた。つまりこのブログを放置して3カ月ということだ。
棋界の水問題を紐解いたあと、私は一体、何をやっていたのか。一番応援する棋士の対局が(少)ないからって、いじけていたのか。いじけてブログをさぼっていたのか。対局がない上にもうすっかり気が散ってしまって、一行たりとも書けないって言うのか。

そう考える私の脳裏にとつぜん浮かび上がったのは、困り顔でこちらを覗きこむ、佐藤康光であった。
困り顔で私を覗きこむ、さとうやすみつ!
脳裏とは便利なもので、佐藤は私の顔をまじまじ見つめると、ため息をついた。そして私はようやく、佐藤の言葉を思い出した。

島研トークショーの終盤、子どもたちから寄せられた質問に羽生・森内・佐藤・島が答えるという時間があった。質問はアンケート用紙で集められ、私はと言えば、女子中学生風の文字でもって「さいきん見たこわい夢はなんですか?こわい夢を見ると私は1日落ち込むのですが、先生たちは、そんなときどのように対処しますか?」と平仮名を織り交ぜ書き綴ったのだけど、そんなことは今どうでもいい。

厳選されたいくつかの質問の中に、「やる気がでないときや(負けて)落ち込んだときはどうするか」という問いがあった。佐藤は、自分以外のせいにするのが一番良くないと言った。例えば昼に食べたもののせいにするとか、そういうのは本当に良くないのだと、未来の私を諭すように言った。

まさに今、対局が(少)ないからブログが書けないと思っていた私は、昼に食べたラーメンが伸びててやる気も伸び伸び、と言いかねないダメな人の見本であった。飯のせいなわけあるか、飯は悪くない、飯は尊い、佐藤先生ごめんなさいと、私は脳内で謝った。
けれど謝ったところで、そう簡単にやる気は出ない。

私の眼前に、3カ月という時の流れが立ちはだかっている。
とにかく時間が経ちすぎた、私やっぱりブログやめようと楽な方へと傾きつつも、最後の力を振り絞り島研メモを開いたらば「やる気が出ないときは出ないなりに待つ(森内の発言)」とあり、なるほどと過ぎた日々に納得したのだった。

この「出ないなりに待つ」という、鳴かぬなら鳴くまで待とう的発言が、森内には結構多い。例えば子どもの集中力を高めるにはどうしたらいいかという質問が出たとき、島研メンバー四者四様の答えがあったのだが、やはり森内は鳴くまで待とう的なことを言っていた。

「子どもにも集中力はある、遊びに向かう集中力を上手いこと勉強に向けられたらいいのではないか」という羽生の言葉は、大衆の心をつかむ。
「集中力がありすぎると周囲が見えなくなる場合もあるので、バランスのとれた集中ができるといい」と答えたのは佐藤、これは難しいタイプの心をつかむだろう。
そして森内は大きな背中を伸ばしたまま「集中力がなければないで、それなりに、なんとかなる」と大木めいた口調で言って、私の心をつかんだ。

心つかまれた私が口を押さえてむぐぐとなっていると、島がまとめに入った。「集中して盤の前に、ずっと座っていられる人がやはりトップになるのだろう。席を離れられると、こちらとしては楽ですから」。

このブログで島研トークショーのことを書こうと思ったそもそもの動機は、肌で感じた4人の違いを表現したいということだった。常に全方位を見据えて発言する羽生、マイペースに異空間を作り出す佐藤、出現した異空間に周囲が「おや?」となっていても一人だけ「おや?」とならない森内、それらのバランスを見守り、心の中に大切に、しまったり・出したり・しまったり・出したりする島――私はもう胸がいっぱいで、更にむぐぐ、となっていたらば「もしもプロ棋士になっていなかったら何をしていた?」という質問が飛んできて、その答えが、むぐぐの頂点を極めた。

もしもプロ棋士になっていなかったら――羽生にとってそれは何度となく聞かれてきたことで、もっとも答えに困る質問だと言う。そして「私が聞きたいぐらいです」と爽やかに切り返す羽生を見て、森内が破顔した。

自分の答える番が回ってくると森内は、破顔を元に戻して真顔になると、電車が好きだから運転手と答えた。森内は更に続けた、己を振り返ってみると誰かと協調というのが難しい、それよりは職人、スポーツ選手など何かに特化した個人的な仕事ではないか、と。
佐藤はバイオリンを習っているが、そこに行かなくて良かったとしみじみした。森内の話を受けつつ、自分も個人の仕事だったと思うと、深く頷いた。

ここで注目したいのが森内のスポーツ選手発言だ。
ここに関してはどうしても、一家言ある私である。
前々から思っていたのだが、森内の所作は野球のピッチャーを思わせる、しかもセットアップポジションで投げるピッチャーである。
セットアップポジションって何?という人のために簡単な図解をする。



<ピッチャーの投げ方は2種類ある!ワインドアップとセットアップ図解>
【その1】振りかぶって投げるワインドアップポジション
ワインドアップ

【その2】ピタリと完全な静止をしてから投げるセットアップポジション ← 森内風
セットアップ




森内を見ていて思い出すのは、この投球前における、完全な静止である。
森内には静止という動きが、本当に多い。対局のとき、大盤解説のとき、インタビューに答えるときだって、森内はいつも静止している。静止という森内の動きは、私にセットアップポジションを思わせる。この気持ち・きみに伝えたく、今回は超図解を用意した。用意してしまった。絵で説明するなんて卑怯だろうか。それ以前にこの絵がどうなのかという問題もありそうだ。けれど攻め気を忘れずに、勇気を出してアップする。



【超図解1】大盤解説でピタリと止まる森内名人、背中と肘をピンとはって
超図解1

【超図解2】体は半身のまま、顔だけで振り向く森内名人。振り向きざまが何ともセットアップ
超図解2



大盤解説、駒を操作しながら森内は唐突に、例えば2秒ぐらい謎の静止をする。この2秒の間、森内は何を思っているのだろうか。5万手ぐらい先を、読んでいるのだろうか。超図解2の手元なんて、見て!この手にボールを握っていても何らおかしくないし、このまま投球体勢に突入しそうで、まさにセットアップポジションと言える。他の棋士もそうなんじゃないの?と思う人は何かの機会に見比べてほしい、今にもボールを投げそうなのは、森内だけなのだ。

野球ではランナーを背負ったときに、セットアップポジションで投げることが多い。森内は常にセットアップ体勢なので、まさに準備の将棋だと、私は思うのだった。

そして私は、森内の投げるボールを想像する。
きっとそんなに早くはないけれど、重たくて打ちにくくて、バットに当たれど前に飛ばない球だろう。完投する力もあって、バッティングも好きそうだからセ・リーグだ。この名人を打ち崩すのは、果たして誰だろうか。




(つづく)
※すべて個人の感想です。またセットアップとワインドアップの違いは手の振りではなく軸足の置き方です。
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棋界の水問題

 
※これは島研トークショー連載の第5回です。先行記事は下記リンクより(文中敬称略)。
第1回「島研で幼児化」第2回「学びのキングマンション」第3回「一人称を間違えると大変」

第4回
「ちっとも話が進まない」


<5>
あなたの目の前に、例えば水がある。
水はペットボトルに入っていて、横にはグラス。
あなたはとてものどが渇いている。
あなたはグラスに水を注いだ。
さてその量は、いかほど?

いま森内が少しだけ前傾になり、この日初めてペットボトルを手に取ると、もう片方の手をグラスに添えて水を注いだ。その量はほんのちょびっとで、目測およそ1.5センチで、森内は注いだ1.5センチの水を一気にくっと全部飲むと、前傾姿勢を元に戻して満足そうに背もたれに身体を預けたのだった。

それは私にとって今回のトークショー、一番の衝撃であった。
飲む分しか、注がない。
その飲む分が、差し当たり1.5センチ。
それを全部飲む。
飲み終わっても、足さない。
後々また注ぐやもしれぬが、今は足さない。今は満足している。

これすなわち、なんという合理性であろうか。
もし私だったらとりあえず適当に、何も考えずに注いで、のどの渇きに任せ一気に飲む。一気に飲むとはいえ、全部は飲みきれなくて半端な量を残す。残された水はどんどんぬるくなり、空気に触れ雑菌とかも繁殖する。その雑菌に、例えば風邪の菌がいたらあっという間に発病し、なおかつ周囲の人々に撒き散らす、私はそういう人間だ。私にはとにかく、無駄が多い。

その無駄の多さも時には味となろうが、そんなことは稀なので無駄ばかり目立つ。この連載の前回分でも、将棋の話に紛れ込ませて野球のことばかり書いていた。ブログタイトル『気が散る前に。』に偽りなく、書いてるそばから気が散っていて、なんつー無駄話と思いつつ、やめられない。これは生まれ持っての性質なので、おそらく一生、治らない。たぶんピッチャーやっても完投できない。この一文も無駄と知りつつ入れてしまう。

そんな私の目に森内は、生ける砂時計のごとく映るのだった。
大きなのっぽの砂時計、例えば3分計れる砂時計はそれ以上は計らない。けれど計り終えた後もなお、そのフォルムでもって、見る者の目を楽しませたりする。電池もいらない。砂時計には、無駄がない。

森内は自分の飲みたい量が1.5センチと瞬時に判断した。
その判断が意識的だったとしても、また無意識の行動記憶であったとしても、とにかくすげえ、と私は思った。

すげえの思いを活かして、私は羽生のグラスにも目をやった。
羽生は8分目まで水を入れていた。佐藤はどうか。佐藤のグラスにはきっかり半分の水が、そして島は、ペットボトルに手を付けておらず、つまりグラスは空っぽであった。

そうなってくると、私にはそれら水の量が各々の棋風に思えてきて、羽生の8分目というのはいかにもオールラウンダーであり、佐藤の・はんぶん・しかも・きっかり・という量を思うに「きっかり」の辺りが変態系であり、島の空っぽというのもまた、島独特の美学に思えるのだった。

そして飲む分しか注がぬ森内のその姿勢は、長時間戦の強さそのものに思えた。
以前別の講演会で森内はこんな風に言っていた、「自分が長時間戦に強いのは準備するのが好きだからかもしれない」。
1.5センチの水は己の身体への、準備のようなものかもしれない。
そして過去の対局中継を思い出してみても、森内のグラスには常に少しの水である。闘いへの身体の準備、興奮をコントロールするための1.5センチ――
けれども飲む分しか注がないというのは、飲むたびに注がねばならぬという困った面もはらんでいたりして、その少し不器用な感じも森内俊之そのものだと、私は胸打たれたのだった。

3分計った砂時計は、いつか引っくり返さなければならぬ。




お茶会ラスト2
前回分より、森のお茶会。左から羽生狼、森内きこり、佐藤フクロウ、シマリス、のつもりだったが、これはきこりと言うより木では…まあいいけど……。



<つづく>
※すべて個人の感想です。感じたことと事実とは一切関係ありません。

 

ちっとも話が進まない

 
※これは島研トークショー連載の第4回です。先行記事は下記リンクより(文中敬称略)。
第1回「島研で幼児化」第2回「学びのキングマンション」第3回「一人称を間違えると大変」


<4>
「あのころは棋界の転換期だった。私が『島研』を始めたとき、私の中には美しい思いだけでなく、打算があった」
当時を振り返っての、島の発言だ。
島はよく、こういう物言いをする。
私は以前にも2度、島の口から打算という言葉を聞いたことがあり、それはどちらも「島研」についての話だった。

「島研」には打算があった――何度も同じように言う島を見るにつけ、「島研」の重圧はどれほどだったろうかと考えてしまう。島はときに「島研」から俺の名を取ってくれと心で叫んだかもしれず、と私は勝手に、想像する。
羽生、森内、佐藤という、とんでもない力を率いているのが自分で、しかも「島研」という名がいつのまにやら一人歩きして、という感覚が島にあったとして、それは恐怖に近いんじゃないかと、やはり私は、勝手に想像するのだった。

だから島は「打算があった」と表現し、自分にトップ思考はないがトップグループ思考はあるんだ、と笑い飛ばす。
けれどそれは本当に打算なのか。
彼らについて行ければ自分は生き残れる、そう思って島は3人に声をかけた。
それは強くなりたいってことだ。強くなりたい、という気持ちは、打算なのか。
負けたくない、振り落とされたくない、という気持ちは打算か?

目をかけたルーキーと自主トレをするベテラン野手の気持ちは打算なのか。目をかけたゼミ生と共同研究する教授は、目をかけた若手画家と共同展示をする老画家は、芽に水かけて花を育てるその心は――このまま目をかけたシリーズでいくらでもお送りできるがお送りせずに、それらの根底にある、もっと上手くなりたい、学びたい、創作したい、花よ育てよという欲求は、打算じゃないような、そんな気もして、

100歩譲って打算としても、私があまり好きじゃないみつを的に言えば、打算が・あっても・いいじゃない・人間だもの・という流れで、いや、やはりこれはだめだ、我ながらみつをが合わなすぎる、つまり100歩譲って打算として、打算があった方がいいかもよ、打算がないと、かえって大変かもよと言いたい。

人前に姿を晒す職業で打算のなさそうな人間を、私は一人しか知らない。
それは元・読売巨人軍の投手、桑田真澄だ。もっと他にもいるのかもしれないが、差し当たり何を置いても桑田だ。桑田の打算のなさが、私は大好きだ。阪神ファンの私が唯一、巨人なのに好きな選手だ。桑田は信頼できる。もし私に子供がいたら、桑田のリトルリーグに預けたい、そして一緒に弁当を食らいたい、桑田がたったひとりで考え抜いた、野球選手の身体に最も適した献立を味わいたい。

けれど、桑田には打算がなさすぎて、巨大な袋小路に身を置いているように見える。あまりに不器用で、たぶん将来監督になってもヘッドコーチともめる。監督なのにベンチでひとり、壁に話しかけそうだし、壁とキャッチボールしかねない。

だからこれは、打算がなさすぎても生きてゆくのは大変だよねという平たい話なのだが、でも本当に言いたいのは、強くなりたい、負けたくないという気持ちは打算とは違うんじゃないかってことで、でもそれを言うには気恥ずかしくて、私には言えないのだった。ああ私も打算なく書きたい、そう桑田のように。

私が桑田に気を取られて文章が長くなっている間に、壇上は新たな議題に湧いていた。「島研」当時の羽生、森内、佐藤の3人が、自分についてどんな噂話をしていたのか聞いてみたいという、島からの質問が出たのだ。

自分について、どんな話を――?島は3人が何を言うのか、リスのような瞳で待った。そんな島の視線に包まれ、会場全体に、森っぽさが広がった。

羽生は、銀色狼。少年のような声でもって「3人で島先生の話をしたことは一度もない」ときっぱり言った。それを受けた森内は少し慌てるように、自分は無茶ばかりしていたので頭が上がらないと、木を切れないきこりのような口調で言った。森内の話を聞きながら佐藤は、そうだ森内はひどかったと言わんばかりに、こくこくと頷いて、その姿は夜のすべてを見渡すフクロウのようだった。

いま私の脳内では、森のお茶会が繰り広げられ始めたのであって、桑田の話もようやく終わりを迎え、お茶会、つまり飲み物という流れで私は各人の卓上に置かれた、ペットボトルに注目した。注目して、本当に良かった。そこで私は新たな着想を得ることとなる。

そんなわけで次回は、棋界の水問題について書こうと思う。


<つづく>
※すべて個人の感想です。感じたことと事実とは一切関係ありません。




 

一人称を間違えると大変

 
※これは島研トークショーシリーズの第3回です。未読の方は第1回「島研で幼児化」、第2回「学びのキングマンション」から読んでいただけると幸いです。でも読まなくてもいいです。

<3>
将棋には序盤、中盤、終盤という大きな流れが3つある。
今、島が序盤の話題を振った。
「島研で序盤の研究って、したっけ?」

僕はあまり覚えがないと首をひねっている島を見て、隣の佐藤が何か言いたそうにしている。よく見れば森内も何か言いたそうだ。羽生はひとり天を見つめながら、思い出をたぐりよせるように静かに笑ってる。
佐藤が口を開いた。
「実は当時のタイトル戦で、研究局面がそのまま出た」
93年、中原誠名人と米長邦雄九段が対戦した51期名人戦第4局のことらしい。
佐藤の発言を受けた森内はものすごく鮮明に、自らの記憶でもって中原と米長の一局について語り出した。例えるならそれは、何月何日何時何分何秒、地球が何回周ったかといえば○○○回目でしたがそのとき僕は風邪で学校を休んでいたので羽生くんにノートを借りて5ページ書き写したところで母に呼ばれ食事を取りました、風邪なのにおにぎりを4つも食べて、中味は鮭とイクラと野沢菜とこんぶだった、鮭とイクラは親子丼的であった、そして20時33分より再びノートの書き写しを始めその作業には45分かかりました、羽生くんあのときはノートをありがとう的な正確さであった。

ものすごく細かすぎて何を言っているのか私には分からなかったので、メモを取るには取ったけれども我ながら解読不能であったので、知りたい人はきちんとした将棋ファンが書いたレポートを読んでもらいたい。

森内がこの正確無比な記憶を述べている間、佐藤は握った拳にぐっと力を入れつつ、そこに関しては俺にも言わせてくれ、俺にだってまだまだ言いたいことがあるんだという視線でもって森内を見ていた。佐藤の一人称が俺であるかどうかは知らないが、早く早くねえ僕にも言わせて森内くん僕も言いたいよ感を表現するのに、僕だと可愛すぎるのであえて俺を使った私の気持ちも分かってほしい。

つまり佐藤が言いたかったのは、自分の研究手が出たのは事実だが、その手を使ったから(米長が)勝ったわけではなくその後の指し方があったからこそで、私の手は関係ないというようなことだった。
佐藤が「私の手は関係ない」と言った辺りで、森内の笑顔がはじけた。ものすごくはじけた。その笑顔は、しぬほど甘くて美味しいイチゴを一気に頬張ったときの顔のようだった。

と、ここでクイズの2問目が投げられた。
ファッションにもこだわりがあった島、まだ10代の若き才能を率いつつ、こんなことを思っていた。「彼らには将棋を教わるのだから、私は人生を教えなければ」。そしてある日、メンバー総出で初めての買い物へ出かけた。行き先は表参道だ。
当時から島のファッション通は有名だったが、「島研」で買い物へいくのには狙いがあった。将棋会館でどんな格好をしようが構わないが、この3人はやがて大きな世界に出てゆくだろう、そんなときよれたシャツでいてほしくない――島は羽生、森内、佐藤の母親に電話をし、買い物当日はある程度の金額を持たせてくれるよう頼んだ。

さてその金額はいくらだったか、というのが第2問目である。
3人は再びホワイトボードに向かい、羽生は10万、森内も10万、佐藤は15万と書いた。おそらく10万円で当たっていると羽生が見解を述べている間、森内は何度も何度も何度も、羽生の横顔を見ながら、一回につき7秒、計9回ぐらい見ながら、羽生が何か言うたびに、くしゃくしゃの笑顔を見せた。この時間帯から、森内の破顔は止まらなくなっていた。

森内があまりにも嬉しそうに笑うものだから、私は、このとき羽生が何を言っていたのか覚えていない。メモは取っていたけれど森内の笑顔回数をカウントするため書き記した「正」の字が大きすぎて、羽生の発言が読めなくなっていた。仮にこのメモを誰かに見られたら東京湾から身を投げコンブに巻かれて死にたくなるのでどうか見ないでほしい。

私が自らの身体に脳内コンブを巻きつけていたところ、森内に解答権が回ってきた。マイクを手にした森内は唐突に真顔になると「私は慎重なタイプなのでその場で購入に至ったかは覚えていないが、勉強にはなった」とほぼ棒読みで発言した。

もしもこのとき司会のお姉さんが、会場のお子さまに向けて、もりうちめいじんのすきなところを100個ずつ挙げてみましょう、では右側のお友達から順番にどうぞとかいう小技を挟んできたとしたら、お友達をはねのけ我こそは100万個ぐらいありますと言いかねなかったけれど、司会のお姉さんはそんな問いかけをしないのだった。

一方、慎重だから買ったかどうかは覚えていないという森内発言を受けた佐藤は、店員に言われるがまま買ったという自分のエピソードを始めた。佐藤が話している間も森内は、羽生の話を聞いていたときと同じく、話す佐藤を見ていた。そして何度も笑顔をこぼした。羽生は、やはり、天を見ていた。

私は思った。在りし日の出来事を4人で話すうち、森内の心は当時に還って行ったのかもしれない。いま壇上で森内は、羽生くんノート貸してくれてありがとう、佐藤くん15万じゃないよ10万だよところでバイオリン弾けるなんてすごいね、島先生またソースかつ丼ですか昼もソースかつ丼でしたよ羽生くんが嫌そうな顔してますよと思っているかもしれない。
そんな森内の心を推し量るように羽生はひとり天を見上げ、佐藤はうんうんとうなずき、島は授業参観に顔を見せたお父さんのごときたたずまいであったのかもしれない。

この後、のちに解散を迎える「島研」の、お別れ旅行に話題は進む。




<つづく>
※すべて個人の感想です。感じたことと事実とは一切関係ありません。







 

学びのキングマンション

 
※これは島研トークショーシリーズ第1回「島研で幼児化」の続きです。未読の方はリンク記事から読んでいただけると幸いです(文中敬称略)。

<2>
「島研」に流れていた、そして今も流れ続ける時間を紐解くように、矢継ぎ早の質問が飛ぶ。
研究会に誘われたときどんなことを感じた?
初めての例会はどうだった?
では、順番にお願いします!

繰り出される質問に応えるべく、森内、佐藤、島の3人はマイクをしっかり握っているが、ただひとり羽生だけはマイクを卓上に置いていた。それはなんとも言えない場慣れ感で、なんとも言えないとしか言いようがなく、羽生からは緊張など微塵も感じられない。仮に緊張があったとしても見せないのだろう、とにかく羽生は自分が問われたときだけ、マイクを手にしたのだった。そして他人の話を聞く間にもマイクを持ち続ける3人を、兄さまのような眼差しでもって見守っていた。
兄さま!
羽生の持つ兄さま感は独特で、もちろん私が勝手に感じているだけだが、こう書くとあたかも他の事例においては勝手に感じているのではないのよというニュアンスを含んでいそうだが、他の全ても私が勝手に感じていることなので、どうか怒りのメールとか送って来ないでほしい。何はともあれ羽生の兄さま感は独特であり、私はいつ・いかなるときも、それが対局であれ情熱大陸であれ祭りのゲストであれ、はぶ兄さまってこわいと思うのだった。


話はどんどん進み、今や話題は島の引越し先についてであった。
島が引っ越したのは世田谷・宮の坂にあるマンションで、一足先にプロにいた羽生も研究会に加わり「島研」4人時代はここで築かれることとなる。
スライドにはマンションの外観が、写っていた。

それは、衝撃的なマンションだった。

3階建だろうか、ずいぶんと不思議な窓が2列に並んでいる。その不思議な窓列と外壁とが交錯し絡み合うことで、奇跡的な文字をひとつ、浮かび上がらせていた。写真撮影がNGだったので私はその場で、イラストを描いた。




king_.jpg




王。
マンションを正面から見ると、王の文字が見える。というか王にしか見えない。これは王だ。みんな知っているのか。気づいているのか。暗黙の了解なのか。もしかして有名な話なのか。よく知らないけど私は言いたい、これ王だよね。

ともあれ私は唸った。
ここから次々にタイトルホルダーが生まれるのだからまさしく王の集いしマンションであり、名は体を表すという言葉が住宅にまで浸透する島研の、そのトップ思考たるやと胸を打たれた。
トップ思考――そういえば以前、別の講演会で島は言っていた、自分にはトップ思考はないけれどトップグループ思考があって、だから島研なのだと。なるほどこのマンションには4人いたのだからそれは当然グループで、たとえばバンドと仮定するに羽生はボーカル島ベース森内ドラムと来て、音楽シーンの最先端を彩るべく佐藤のバイオリンを異色投入しインプロヴィゼーションよろしく駒音を響かせたのかもしれない。


そんな流れで私が脳内バンド編成を調整していたところ、唐突にクイズが始まった。「そうだったのか!島研伝説~その伝説の真意は?」と銘打たれたクイズは、答えを一斉にホワイトボードに書くという古き良き斬新さで、私は夢中でメモをとった。

第一問目が投げられる。「島研」では一日の中で食事を共にするのは一度だけと決めていた。朝の9時から始まって夕方解散、その食事が一度と言うのは少ないように思えるが、その狙いは何か?


ホワイトボードを前にして、羽生は物憂げであった。いかにも考えている風であった。とっくに答えは決まっているだろうに、小首をかしげあごに手を当てていた。
森内は微動だにせず、ほぼ直角座りのまま、素早く答えを書いた。
佐藤は、不思議と、どこからどう見ても美術部員であった。まるで目の前に中世の壺でも置いてあるかのような感じで、デッサンするように華麗に文字を書いた。
そうなってくると自然の流れで島が引率の先生のように見えてきて、さっきまでバンドであったはずの4人が、1つの教室で学び合う若き学徒のように思えてくるのだった。


※全て個人の感想です。感じたことと事実とは一切関係ありません。

<つづく>





 

島研で幼児化

 
※この記事は、島研トークショーを元にした素人による超個人的なレポートです(文中敬称略)

<1>
羽生、森内、佐藤、島が横一列、壇上に並んでいる。

若かりしころ、島の呼びかけにより発足した伝説の研究会「島研」のメンバーだ。当時の島は六段、24歳で、本人曰く「行き詰っていた」。まだ奨励会員だった森内、佐藤、そして一足先にプロの場にいた羽生を見て、この若い力についていければ自分も生き残れる、と思ったという。一方誘われた若者たちは、すでに第一線で活躍している島がなぜ自分たちを、と疑問に思ったそうだ。「共通の話題もないが、断る理由もなかった」とは森内の言葉。
かくして断る理由のなかった彼らは週末、集まるようになった――そして島研はスタートした。

その4人が研究会の解散後、25年ぶりに一同に介し、トークショーを行なう――参加資格は小中学生の子供と、その保護者。
この一報が流れたとき、私は自分を呪った。

なぜ自分は子どもでないのか。なぜ私は大人なのか。本当に私は大人なのか。割と子どもなのではなかろうか。あるいは変装で何とかならぬか。腕に点滴針を刺して病院を脱走した体を装いつつ、夏祭りで採った瀕死の金魚を受付の人に見せつけながら、この子と一緒に、さいごの思い出、つくりたい、し、しまけん……とか言えばあるいは、入れてくれるのではなかろうか。

けれども自分が大人であることに変わりはなく、悲しいかな割と常識もあったりして、とりあえず変装やら過剰演出は諦め、ただ七夕の短冊に「子どもになりたい」と書き願うだけであった。
結局その後、大人でもいいですよと参加資格が上書きされ、短冊への願いは何となく叶えられたのだった。

島研ならではのエピソードが聞きたい!
この4人が揃うなんて!
とにかく見たいんだって!
――あらゆる動機が浮かんでは消えるわけもなく、その動機は浮かんでは浮かぶばかりで、けれど結局私は、この4人が並ぶことによって見えるであろう性格の違いというのを肌で感じたいと、強く思ったのだった。

古くから互いを知っている者同士で、今はタイトル戦を闘う者同士が、自分たちの姿を人前にさらすときに見えてくるものが知りたかった。包み隠す必要のない何か、隠し切れない何か、漂ってしまう何か、漂いきれぬ何か、あくまで隠し通そうとする何か、それは一体、何か。


私は凝視した。
壇上の椅子に、羽生、森内、少し間を置いて佐藤、島が座る。
4人の後方には大きなスクリーンが設置され、そこに各々の写真とプロフィールが映し出された。司会進行役の女性がその内容を読み上げる。
「羽生善治、1970年生まれ……」
自分の写真が気になるのか、羽生が後ろを振り返った。と、同時に森内も振り返った。羽生と森内が二人一緒に振り返りながら、誰あろう羽生の写真に見入っている。羽生は一旦、前に向き直ったが、森内はまだ、ひとりスクリーンを見ていた。司会が続ける。
「26歳で七冠王に、永世称号・タイトル獲得数は……」
そのとき、何かを確認するかのように羽生がまた後ろを向いた。後ろを向いたままだった森内と羽生の影が、重なって見えた。森内は、ほとんどずっと、羽生が紹介されている間、羽生のプロフィールを見続けていた。

その後、森内、佐藤、島という順で紹介が続いたが、印象的だったのはその表情だ。羽生はにこやかだが、森内の顔は固い。佐藤はだらんと楽な感じで座っていて、誰かの写真を振り返るということもなく不動、なんだかマイペース。島はそんな3人を見ることもなく、見ていた。

紹介が終わったところで島がマイクを取り、口を開いた。そこで初めて、固かった森内の顔が緩んだ。

私は緩んだ森内の顔を見ながら、次々に映し出されるスクリーンの、その説明文に出てくる漢字の、ルビが、まじやべえ、と思っていた。
羽生善治にも森内俊之にも佐藤康光にも島朗にも、ひらがなでルビが振ってある。しょうれいかいも、しまけんも、けんきゅうかいも、おういも、きせいも、めいじんも、とにかく総ルビだ。

見に来ているのが小さなお子さんから大きなお子さん、とは言え、予想外のルビ攻撃に私は舞い上がった。脳内の小さな自分が「もりうち!しょうぎ!しまけん!」とはしゃいでいるのが分かる。私の幼少期を蘇らせるとは、蘇らせるっていうか将棋を好きになったの最近だから捏造の記憶だけども、それにしても有ること無いこと蘇らせるとは……島研!

私はますます、凝視した。


<つづく>




プロフィール

パイン川アメ子


パイン川アメ子
好きなもの: はこ
好きな言葉: とりにく
好きな配球: インハイ
好きなこま: 考え中

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Q. このブログなんなの?
A. 将棋界の観察記です。




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